つくばで心と身体を健康にするブログ

2歳と0歳の母。つくば市近郊の「こどもと楽しむ」散策スポット・ランチ・子育て・妊娠・産後ケアなど綴っています。

癌サバイバーにヨガを伝えること

(メモ:10日のハートオープンヨガ、体験2名で参加者20名でした。)
 
今年の3月、Tari Prinsterによるヨガフォーキャンサーのトレーニングを受講しました。これまで受けたヨガのトレーニングやワークショップの中で、これほど事実に裏付けされた知識、豊かな精神性に基づく人生の学びを得たものはありませんでした。がんはその病名の重みから、患者を精神的に孤立させてしまう恐れがあると思います。また種類もステージも多様なサバイバーに対してヨガを伝えるには、心構えや知識に加えて、相手の立場への理解力とクラス全体を見渡す判断力が通常のヨガクラスよりも必要になりますが、y4cのトレーニングにおけるTariの姿勢はその学びをまさに体現した状態で私たちの前に立っていました。
 
備忘録として、トレーニング中に書いたエッセイをここに記しておきます。
 

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がんに対する恐れ

人間は自分の理解できないものを恐れ、排除しようとする生き物である。
がんのみならず、幽霊や死を恐れるのもそれが何か理解できないからであろう。
だからこそ、「がんにおいても知識と理解が恐れを緩和する。」
これが漠然とした恐れをがんに抱いていた私が、今回のトレーニングで学んだ強調したいポイントである。それはがんサバイバーの当事者となった場合も、サバイバーと接する側(家族や友人、医療関係者、ヨガインストラクター)としても、有効である。
 

まず当事者であった場合

がんと風邪との違いは、がんは致死性の病であるという一般的な認識である。それゆえ、がんが目の前にやってくると人は動揺して「自己の死」を現実のものとして意識し恐怖に支配されるのである。
しかし知識は、冷静になるきっかけをくれる。「がんはいつも死をもたらすものではない。」というシンプルな事実である。がんで生き残る人の方が死ぬ人よりも圧倒的に多いのである。(日本における2017年度の予測では、1,014,000人が罹患し378,000人が死亡するとあるが、この死亡数は2017年度の罹患者だけでない。)
当事者が持つ「なぜ私だけが」「なにが原因で」といった最初の恐怖は「二人に一人がかかる可能性があり、私だけではない。」「がんの原因は免疫システムのエラーであり、何か特別悪いことをしたから発症する訳ではない。」という理解がその緩和の助けになるだろう。
 

サバイバーと接する立場であった場合

知識と理解が十分でないと、病名の重みだけで「がん患者=脆い、儚い、ステージによっては死に近い」という判断を下しかねない。がんサバイバーの個性や求めているもの、がんの種類、治療法、ステージ、どの程度動けるか、制限はどの程度か、などの正しい理解に行き着く前に腫れ物に触るように接してしまうのだ。サバイバーの多くはそんな扱いを望んでいないにもかかわらず、がんへの恐れが何か理解できないものを排除しようとする動きにつながるのである。がんサバイバーは以前と同じように生活したいと願っている。
 

ポーランドの物理学者キュリー婦人の言葉

がんへの恐怖が大きいほど動揺や混乱に支配され、それに対抗するための知識と理解は膨大なものになるかもしれない。しかし、どんなときも知識と理解を深めることが恐怖を緩和してくれる。Y4C修了生として、このことを念頭にがんサバイバーに接していきたい。最後にポーランドの物理学者キュリー婦人の言葉を引用する。
There is also one of nothing to fear during a life.
Everything is understood.
And our fear is when I deepen more understanding now as it’ll be smaller.
 

がんサバイバーへヨガを教えることについての懸念点

まだ自分が経験していないことに直面している人に対して何ができるのか、価値提供への不安が第一の懸念だった。これはトレーニングの早い段階でクリアになり、特に免疫システムについての効果は通常のヨガクラスにおいても意識している。
次に、何ができないかを知ることが不安を拭う一歩となった。
ヨガで怪我をする人が後を立たない現状から全てのヨガが体に良い影響を与えるわけではないことは自明だが、特にがんサバイバーは骨量の減少やリンパ浮腫の可能性を持つ。そのために推奨されないポーズを知ることが大切であった。これを学んだことは教える際に根拠に裏づけされた自信を持つことにつながる。
 

精神面への理解が及ばないことを謙虚に受け止める

しかし技術的なことは学んでいける一方、精神面での不安が残る。
がんサバイバーは幾度も自分自身への、生への問いかけを繰り返している人のグループである。彼らが抱える心の不安や苦悩は、やはり経験していないものには判らない。トレーニングで体にガムテープを巻きつける体験を通して、体の制限が心身にもたらす働きを感じたことは少なからず助けになるが、その制限を継続して持っていない者には計り知れない苦悩があるだろう。
 

癌サバイバーである必要はあるのか

とはいえ、がん治療にあたる優秀な医者ががんサバイバーでなければいけない理由がない様に、がんサバイバーへヨガを教える人間ががんサバイバーである必要はないはずだ。重要なのは信頼に足る知識と経験を積むことであり、その入り口としてY4Cのトレーニングはこれ以上ないほどの知識と興味を持ち続けることの大切さを教えてくれた。
 

大切な人が増える恐怖に向き合う

そして理解の入り口に立った時、新たな不安が生まれた。ガンを生き残る人が多い一方で、そうでない人が必ずいる。
がんサバイバーへ教えることで、がんサバイバーと深く知り合うことになるだろう。ヨガの生徒として大切に思う人が増え、その人が重い病を患っている状態は、自分の無力さを痛感する場面が増えることになる。ある人を大切に思うほど、もしその人を失った時の精神的なダメージは計り知れない。

 

ヨガの利点:

がんサバイバーにとって、最も恐れることは再発の可能性だろう。
再発を防ぐためには自己の免疫力を高め、がん細胞が発生した際にそれが増殖する前に駆逐する強い免疫システムが必要である。このためにヨガが大きな助けとなることはがんサバイバーがヨガをする最も画期的な利点である。
なぜヨガが免疫システムに寄与するのか、それは免疫システムが全身にめぐる概念であることが関係する。ストレス耐性を高め、精神的にも身体的にも体全体を強化することが結果的に免疫システムの強化につながるのである。
 
ソース:

全身をくまなく動かすこと

ヨガが免疫を高める第一の理由は、無理のない範囲で全身をくまなく動かすことにある。ヨガの動きには、ストレッチ(屈曲と伸展)、締め付け(圧迫・加圧)、抵抗と非抵抗(解放する)が含まれており、それにより筋肉に強さと柔軟性をつくり、心臓血管系を強め、内臓をマッサージし、血液やリンパといった体液を動かして、その循環を促進させる。水の流れのない池が濁っていくように、体内の水分も循環させることではじめて老廃物と毒性物質を排泄することができる。水分だけでなく、そもそも動物は動くように設計されており、動かないことは衰退を意味する。長いベッド上での生活が筋肉を萎縮させ骨を痩せさせていくことは周知の事実である。(人間は動物であるが、日本語では動物は動くものと書く。)ヨガで重力の助けをかりて動くことで骨や筋肉を強化し、静脈還流やリンパドレナージが可能となる。
 

神経系に働きかけることができる

次に呼吸を通じて神経系に働きかけることができること、それによりマインドを鎮めることができることが挙げられる。これは体に制限を持つがんサバイバーに対しても有効である。ヨガで行うマインドフルな呼吸は、胸腔の底に水平に位置する筋肉である横隔膜を収縮させることであり、この横隔膜の動きは最大のリンパ菅である胸管をマッサージすることにつながる。この呼吸も他の筋肉運動と同じ動きの一つで、鍛えることが可能である。
 

リラクゼーション反応を引き出す

そして、リラクゼーション反応(ハーバート・ベンソン博士)を引き出すこと。慢性的なストレスは、交感神経を過剰に活性化させる(闘争迷走反応)ことから、初めてヨガをしにくるストレスフルながんサバイバーはリラクゼーションを求めていることが多い。ゆっくりした呼吸、瞑想のような集中、筋肉の緊張の解放は、リラクゼーションを生み出すように脳を刺激することが証明されている。リラクゼーション反応は、痛みの軽減、エネルギーの増加、疲労の軽減など健康へのメリットが有ると認められている。
 

「適度な運動」は健康の礎である

そしてあらゆるリサーチが定期的なエクササイズが身体的・精神的に健康を促進することを証明している。

 

 

 

トレーニングで何が一番好きでしたか。あるいは有益だった部分は何でしたか?それはなぜですか?
ガムテープで体を巻き、瘢痕組織や体重増、神経障害を持つがんサバイバーの体験を想像してヨガクラスを受けたこと。全員がおかしな格好をしている見た目の面白さとは裏腹に、想像だけでは理解できない部分を体感することは、指導する上で相手の立場に立つという最も大切な部分の理解を促した。
 
 
トレーニングで一番好きではなかった、あるいは有益でなかった部分は何でしたか?なぜですか?
特に有益でなかった部分は無いと思うのですが、強いて挙げるなら、オームを唱えることは好き嫌いがあるかと思った。日本では、1995年にオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きており、今では記憶として薄れてきているものの発声なら他の音でも良いかもしれない。
 
 
 
 

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