つくばで心と身体を健康にするブログ

2歳と0歳の母。つくば市近郊の「こどもと楽しむ」散策スポット・ランチ・子育て・妊娠・産後ケアなど綴っています。

登りつめるための才能は「苦悩」を好むこと《セルゲイ・ポルーニン》

心は「見えない」けれど「感じる」ことができるもの

史上最年少の19歳で世界の最高峰、

英ロイヤル・バレエ団のプリンシパル(頂点)に登りつめた天才、

セルゲイ・ポルーニンが、LGBT迫害を強烈に告発したホージアの曲「Take Me to Church」にのせて、もがき、打ちのめされ、空高く跳躍しています。

これを撮影したときの彼の悲鳴にも近い心境が映っており、無条件に心が震えました。

 

www.youtube.com

 

 

昨年、息子の産後まもなく公開となった映画

ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣

既にDVDが出ています。

 

 

子育て世代にも感じて欲しい映画

バレエの世界の厳しさ、生きていく上で「高みを目指す」とはどういうことか、「強さ」とは、「子供にとって大切なもの」とは何か、「親の期待」はどのように子供の心に影響するのか。とても純粋で、美しい精神と肉体を持った少年の成功と苦悩、家族との葛藤(夜遊び、ドラッグ、タトゥー・・・次第に壊れていく様)が映し出されています。

子どもにとって親は、生まれて初めて出会う権力者。体力・知力・経済力などの圧倒的な力の差があるのに、力に居直り、親なしに生きられないように子どもを自分にとって都合の良い存在にしたがるのは、愛ではなく、支配です

日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば? より引用》

※養成コース同期のかずなちゃんがアップしていました♪

 

癒し(セラピー)とは自分自身を振り返ること

のちに、セルゲイ自身が映画を撮影したことが「精神の成熟」に役立ったと述べていますが、セラピー系のヨガでも「親子間の関係(特に母親との関係)」が人間の心の奥底に与える影響は、想像を絶するものがあると学んでいます。その解消には、記憶の書き換え、再生すること(当時の親の目線、子の目線での感情を、履き違えていた部分や誤解も含めて理解すること)とされています。

セルゲイは、映画の撮影によりこれを行うこととなり家族再生への道を辿っています。(触れた瞬間に壊れてしまうような、ヒリヒリと張り詰めた薄いガラスのような「表現の美しさ」はその後の動画を見ると消えてしまったように感じますが、人としての深みが出てくることを期待です。)

 

 

マドレボニータ養成1ヶ月を振り返って

■成長には苦悩が必要

「心地がよすぎるとき、そこには安住しません。いつも苦悩していて、何かを達成しようとしています。心地よくなった瞬間に、楽しみ始めた瞬間に、これは違うと思うからです。何かを達成するには、いつも何かについて苦悩しなければならない」セルゲイ・ポルーニン

セルゲイが19歳で立ったバレエのプリンシパルは、しなやかな肢体とその才能を持って生まれた人が、既に同じように才能に恵まれて努力している人の更に3倍努力して初めて勝ち取ることができる世界です。自分がこれを達成しなかったら大切な家族が離散する。追い込まれて、追い込まれて、精神と肉体の全ての時間を捧げています。理由が何であれ、もがき苦悩し一流となった、成し遂げた人の言葉には力があります。

 

■専業主婦にはのほほんとした才能が必要?

一方で、私の母は「専業主婦」ですが、とても純粋で天然で可愛らしい人です。4人兄弟の末っ子育ちで、困ったことがあれば、夫である父が、叔母が、助けてくれます。

不平や不満を一切口にせず、常ににこやか、掃除・洗濯・料理が大好きで献身的という言葉がぴったりの「専業主婦の鑑」のような存在。コレができるのもある種、才能です。世間知らずで、バスツアーに行っては高級パールを売りつけられてきたり、お付き合いで何かを買ってきたり。少し前までは、帰省する度にテレビショッピングの健康器具が増えていました。

幸せなおばさんですが、最近始めたパートで嫌味を言われ、理不尽な扱いを受けても、その系統の思考回路を強化してこなかったので、60歳を超えても、うまく受け流すことはおろか、何か反応して言い返すことができません。長年、自分のすべきことは、夫と子供とHAPPYに暮らすことと明確だったので、主婦の井戸端会議に加わることすら一切してこなかったのです。これは彼女が、その方面の苦労や苦悩を知らない(感じてこなかった)からでしょう。子供の頃から見ていて、困る場面も「困ったな〜」と思うきり、ストレスと感じずに(跳ね返さずに)ほわ〜んと生きている気がします。あえて言うなら、専業主婦として生きる苦悩をうまく受け流す才能を培ってきた結果です。

 

■マドレボニータには?

選択肢が2つあるなら、自分にとって辛い方を選ぼう。それが成長につながる。

さて、それを受けた私自身ですが、セルゲイと比較しても全くハングリー精神のない母の元で育ったため、私もハングリー精神に欠けています。但し、父方の血か、のほほんとしていることもできないので、「マドレボニータ」くらい、全速力で人生を走る女性達の仲間に入れてもらえることで、自分のお尻を叩いていける気がしています。

実際この1カ月、養成コースの課題達成と日常生活の運営バランスとの苦悩で、自分の時間活用効率が高まっていく喜びを感じています。セルゲイを昨年見たお陰で、ぬくぬくした環境は、自分を怠惰にするだけ、と心得よ!的な心境に至っており。最近のマイブームが「自分にとって辛い方を選ぼう」ということで、毎日の課題に励んでいます。

 

■成功は1万時間の努力がもたらす

「成功は1万時間の努力がもたらす」これを言ったのは、マルコム・グラッドウェル氏でしたでしょうか。セルゲイが人生のほとんど全ての時間をバレエに捧げてきたことは自明です。

 マルコム・グラッドウェル氏が著書の中で紹介している「一万時間の法則」というのがある。どんな分野でも、だいたい一万時間程度継続してそれに取り組んだ人は、その分野のエクスパートになるという経験則である。

《茂木健一郎のブログより》

説得力のある身体づくりにも、教室運営の為にも、1万時間を目指して(いつになるのか不明ですが)道の途中で息切れせずに、続けていきたいと思います。継続は力なり。マドレボニータにおいては同期と周回遅れになりそうな気配も微かにしていますが、例えビリでも完走する気は満々です。カメなのか牛歩なのか、、、見捨てられないといいけれど。

 

■依存を好まない姿勢・真剣に生きる美しさ

マドレボニータ養成コースへのエントリーに躊躇した要因の一つ、検索すると「マドレボニータ 宗教」と出てくる点にも言及しておきます。

「宗教」とは心の拠り所です。過去の歴史において、集団自殺などの事件を起こしたカルト集団が発生していますが、極端に言い換えると《心が弱った隙間に入り込みやすい》もの。産後うつになりかけの女性達は、心が弱っている最たる例です。先に触れた親との関係性も一般的にはこれに影響するとされています。

幸か不幸か、私自身は第一子のときの苦い産後期には出会わず、第二子の心と身体の準備の整った健全な精神状態の時に産後クラスを受けたため《先生博学で面白い♪ 身体も動かして爽快♪ コレ第一子の産後に受けたかったなぁ♪》 くらいの感動で終わってしまっていました。

それ故、養成コース体験会の周囲の熱量・熱風に、やけどして帰ってくることとなりました。つまり、この体感温度の違いは「マドレボニータ 宗教」のエゴサーチの印象を強めるに十分でもありました。

しかし更に調べを進めていくと、マドレボニータのプログラムは4回で完結するようにインストラクター(創設者)への崇拝ではなく自己鍛錬や参加者同士に目が向くことを目的として作られています。早期にインストラクターへの道へと進んだ参加者は、崇拝者に近かったのでは…という疑念は残りましたが。

 

 

■なぜ、飛び込んだのか

エゴサーチには事実と異なること、時には個人の想像が飛躍した結果が含まれます。

個人の考えは、それまで目に耳にした情報が無意識に反映されます。メディア戦略に関わっていただけに、情報に踊らされて機会損失をする危険性に敏感になっているのだと思います。ネットの情報は自分の目でみることで初めて判断することができるものと捉えていたからです。

この1ヶ月を経て、その熱い熱いメンバーの心の内に触れ、むしろ、ことの重大性、産後女性の惨状を知り、マドレボニータの社会的意義、教室が増えることの重要性を肌で感じています。そこで真摯に励むコース生には是非マドレボニータのインストラクターになって欲しいと心底思っています。

  

ロールモデルとなる女性はいるのか

最終的にマドレボニータの魅力は、人にあると思います。

団体が掲げている「Live Your Life」に象徴される、自分の人生を歩もう!という志の高い女性は、個人レベルでは素敵だと思っていたものの、それが集団になると失礼ながら金太郎飴(どこを切っても眩しい笑顔!)≒宗教的≒没個性に見えていました

その後1ヶ月を経て、養成コース生の同期の中・先輩たちの中に、どんな人の中にもある(もちろん私自身にもある)人としての葛藤、人生を諦めない向上心、正直さ、一部の共通点を保持した上での多様な個性を感じるところに戻ってきています。笑顔はクオリティコントロールとして一貫すべき部分と理解しました。

世代的には10歳程度上となる先輩方も多く、女性としてのロールモデルを探すべく関わっていけたらと期待を寄せています。

 

■学ぶ=真似ること

これまでの35年の人生において、どんなものか分からないもの、自分にとってハードルが高いと感じられるものには、二の足を踏んで躊躇するよりも、まず飛び込んでしまうことが一番という結論に至っています。そう頭で考えていても慎重になる性分ではありますが、もし違ったな・・・と感じたら生活の基盤は確立されているので軌道修正はいつでもできるでしょう。

また学ぶことが何かという点は子供達の成長を見ていても日々実感する部分です。歩けなかった赤子が常に身体を動かして鍛錬し続け、遂につかまり立ちから立つ姿。言葉や食べ方を真似て、学んで成長する姿。学ぶとは真似ぶ(まねぶ)、「真に似せる」とは良く言ったものです。

団体に対しては上記のように、しのごの言っていても今のところ懐深く見守って頂いているので、受け皿はありそうです。

 

■パートナーシップ

我が家は夫も私も、議論好きです。それ故、お付き合い当初より、友人たちがドン引くレベルで「価値観のすり合わせ」をしてきたお陰で、感情に任せた喧嘩というカテゴリーのものをほぼした覚えがありません。

そのため他の養成コース生が書いているような、マドレボニータにより、会話が増えた、深くなった、という印象が正直ありません。これもイマイチ、マドレボニータ影響を受けて開眼したという経験になっていない原因の一つかと思います。

日常生活においても適当に何か言おうものなら容赦なく『理論破綻してるけど』という鋭利なナイフが飛んできます。日々練習しているTLCの課題曲すら自分の大学時代の曲で「ダサい」と言われる始末。お互い常に本心で向き合っている関係が居心地が良いという恐らく稀なパートナーシップです。もしかしたら「ほんと、そうだよね〜。」と一緒に客観視して納得してしまえるのは、冷静なのではなく、私の中の母の血の為せる技なのかもしれませんが

但しそれもこれも、この1ヶ月で忙しない生活となり、優先順位下位となる片付けで、家の中は荒れ放題であるものの、週末に夫が長女を自分の草野球に連れ出してくれたり、子供達二人を公園に連れて行ったり、掃除・洗濯・食洗機、私の食事を買ってきてくれたり。と至れり尽くせりで優しさを行動で見せて魅せる夫あってのことです。

そしてその分、自分は何を返せているだろうか・・・と想いを巡らせ、自分の趣味(やりたいことをやらせて貰っているという意味では、この養成コースをそう捉えています)に没頭している場合ではないなと、家族の心地良いバランスをつい取ってしまっています。いつ如何なる時も「家族との調和」が優先順位1位というのが私の中の揺るがない価値観の軸です。現状において対価の発生していない仕事(=自分の為のもの)は、正直、家族や友人のずっと後方に位置します。

因みに、絶大なる信頼を夫に寄せていますが、その根幹は「愛」というよりも人間性」への信頼です。何か想定外のことが起きた時、彼ならどういう行動を選択するか、最終的に自分自身を律しコントロールするのは自分自身であることから、何の不安もなく彼を信用することができています。恐らく夫も、私が物事に対して、何を基準にどう判断するか理解ができているはずです。その程度の「価値観の擦り合わせ」がこの10年(お付き合いして10年)で済んでいると言えます。

 

以下、エントリー前、食卓でPCを開く仕事中の夫に、3分で書いて貰ったエントリーシートの推薦文です。この際も特段エントリーのために時間をとって話し合うという手順は踏んでいません。週末のドライブ中に「こういうのがあってね〜」という話をした程度で、疑問視されることも、反対されることも、驚かれることも、ありませんでした。

 

「夫婦ともに働くことについて」あなたの価値観を教えてください(300文字程度)
これは「働く」という言葉の定義次第ですが、日々生きていく中でむろん経済的な制約との折り合いもあるものの)、基本的には自己のアイデンティティーを見出すことを誰しも優先すべきであり、当然ながら身内の中での循環に留まるよりは、社会との接点を持ち、何か/誰かの役に立つことの方がかかる目的は達成しやすい筈ですので、夫婦ともに社会活動を行うという意味では積極的に行うべきと考えます。とはいえ、飽くまでも目的は生きる上でのアイデンティティーの確立にあるべきであり、当然人によって価値観は異なりますので、専業主婦/主夫という生き方でそれが充足できるのであれば、それも否定すべきものとは思いません。
 

「子どもを預けることについて」あなたの価値観を教えてください(300文字程度)
当該テーマについてはこれまで然程深く考えたことはありませんが、やはりこれまた「我が子を育てる」という重要なアクティビティー自体が自らの存在意義を見出し得るまたとない作業ではあるので、もしも当該項目が「社会活動を行うために子供を預ける」ということであれば、社会活動とのトレードオフ関係なので、結局はそのバランスではないかと考えます。


「夫婦のパートナーシップについて」あなたが最も大事にしていることを教えてください。(300文字程度)
誤解を恐れずに述べると、夫婦のパートナーシップについては、の人間関係の延長線上で捉えています。最も接点があり、最も長い(永い)時間をともにし、最も共同作業を行っていく相手ではありますが、良いパートナー関係を構築するためには友人関係や仕事関係と同種の配慮、つまり相手の立場になった考え方は必須と考えます。かかる観点では、あらゆる局面において相手がどう動くか、う反応するか、ある程度予測できることは本当に大事だと思っており、そのために極力機嫌や体調にアウトプットを左右されないよう心がけています。

 
パートナーの新しいチャレンジに際して、あなたがコミットする・できることを教えてください。(文字制限なし)
特にマドレボニータに限った話ではないですが、私自身の考え方は上記回答のとおりですので、もし家内が社会活動を通じて自己のアイデンティティーを見出すことが出来るのであれば、それが出来るように可能な限りサポートしていくことは全く吝かではありません

 

以上、

この1ヶ月を振り返っての一番の思いは「大丈夫か?自分!」という心配に近い感覚です。

果たして私は、マドレボニータのインストラクターになれるのでしょうか。

乞う、ご期待!