つくばで心と身体を健康にするブログ

2歳と0歳の母。つくば市近郊の「こどもと楽しむ」散策スポット・ランチ・子育て・妊娠・産後ケアなど綴っています。

世界のランチ@JICA筑波レストラン

開発途上国の支援機関であるJICA筑波。

ここのランチは「年中無休」で解放されています。

お盆直前の日曜日にたずねてみました。

入って右手の受付で名前を書き、入館用の「ゲストバッジ」を受け取ります。

 

ちょっとした海外旅行の気分

途上国の研修生と職員のためのレストラン

日曜日だったこともあるのか館内に入ると、すれ違う人は9割が外国人です。

レストラン内ではもちろん色んな国の言葉が飛び交います。

肌の色や体格・洋服の着こなし、聞きなれない言葉。まだ言葉を話さない1歳の息子もキョロキョロしていました。肌の色が濃いと、ビビットな色が似合いますね!

 

 

f:id:saori324:20180815142613j:plain

スリランカ風デビルドチキン(HALAL CHIKIN)

メニューの表示に「ハラール」という文字が大きく書かれていることも日本では珍しいのでは。

500円とリーズナブルです。とっても辛かった〜!

(右上のは辛くないウガンダで給食にも出されるという白いんげんのトマト煮でした。)

スリランカには行ったことがありませんが、普段食べなれている和食(定食)の品数に慣れていたので、寂しい気持ちも。でも他に何を頼んで良いやら・・・という海外旅行にありがちな気分になりました。

 

f:id:saori324:20180815142623j:plain

チキンココナッツカレー

580円。すごいココナッツがキツかったです。エスニック臭が強い

ココナツカレーも好きだと思っていたのですが、私が好きなのは、日本人好みに改良されているものだったのかもしれません。

 

TABLE FOR TWO:時空を超えて二人で食べよう!

JICA筑波レストランは、TFTプログラムに参加しています。

「あなたがヘルシーランチ1回食べることで、誰かが給食1回食べられるという世界の新しいしくみ」

同じ地球上に、飢えに苦しむ人と食べ過ぎて不健康になっている人がいます。この相反する問題を同時に解決しようと生まれたのがTABLE FOR TWOです。当プログラムのヘルシーメニュー1食につき20円が、開発途上国の給食1食分として寄付されます。時空を超えて二人で食べよう。

f:id:saori324:20180815142632j:plain

文字が読めなくても、数字のふってあるタグをレジに持っていけば会計ができるしくみ!
レジでの注文がその先に伝わっているので、受け取るレーンでも「メニュー名」を正しく言えなくても大丈夫そう。

 

 

f:id:saori324:20180813164917j:plain

世界の民族衣装を着られるスペースも

レストラン(2F)の前には、フリースペースがあり、3人ほどで談笑している研修生と思われる外国人がいました。その前には、世界各地の民族衣装の試着スペースが。子ども用のサイズの民族衣装も何点かあります。

f:id:saori324:20180815145530j:plain

f:id:saori324:20180813165001j:plain

f:id:saori324:20180813164947j:plain

f:id:saori324:20180813164937j:plain

f:id:saori324:20180813164927j:plain

 

偏見のない子どもに

日本は島国ですし、「日本人」というと黄色人種一辺倒。

肌の色や目の色、体格の異なる人と出会っても怖がらない様に、世界には色々な人がいるということを自然に感じてほしいと思っています。

フリースペースには、娘と同じくらいの3歳くらいのアフリカ系の女の子が母親と一緒に来ていました。

つくばは研究機関が多く外国人との遭遇率も高いですが、時々こうした場所に出かけると、世界の食を通して、人種の多様性に寛容な感覚が育つかなとほんのり期待です。

「思考のストレッチ」キリンの首の骨って何個ある?

首の長〜いキリン。

ここで問題です!

「人の首の骨は7つですが、キリンの首の骨はいくつでしょう?」

実は、人間と同じたった7つなんです。

すらっとしていて、近寄るとマヌケ顔の愛らしいキリン。

そんな表情とは裏腹に、すごく苦しい進化を遂げているんです。

 

f:id:saori324:20180810114338j:plain

生きるために苦しい選択をした「キリン」

進化の過程で、キリンは首を長くしていきました。愛らしい特徴的な見た目は子どもたちにも人気があります。

でも、生きていくのにすごく不利な選択となっていること。想像したことがあるでしょうか?

 

呼吸がしづらい:鼻と肺の距離が遠い

ヨガでも人生でも「呼吸」ってものすごく大切。産声を上げるも、息をひきとる。も呼吸ですよね。呼吸をするとは生きること。

でも、キリンは首が長いゆえに鼻から吸った酸素を肺まで届けるのが難しい。また肺から二酸化炭素を外に出すのもまた大変。長いながいストローを想像すればわかりやすいと思います。

当たり前ですが、酸素が行き渡らないと死にます。

キリンも呼吸によって酸素を取り入れるわけですが、首が長いために肺までの距離が遠い、すなわち気管が長いために、毎回の呼吸で肺の中の空気を完全に入れ替えることが難しい、という欠点をもつことになります。なるべく多くの空気を入れ替えるには、すごい勢いで吸ってすごい勢いで吐けばよいのですが、狭くて長い気管をものすごいスピードで空気が流れることになり、気管が壊れてしまいます。一方、気管を守るためにゆっくりと呼吸すると、勢いがないために二酸化炭素の多い空気を気管から排気しきれません。排気しきれなかった分は次の吸気で再び肺に取り込まれてしまいますので、肺中の酸素濃度は低下し、酸欠になってしまいます。

 

そこでキリンは考えました。大きな肺をもとうと。たとえ吸気した空気の酸素濃度が低くとも、肺さえ大きければ、生存に必要な酸素の絶対量は確保できると。

すなわち、キリンは首が長いことに起因する酸素濃度低下の問題を、肺の容量を増やすことで解決しました。ヒトの8倍という大きさの肺をもつことで、呼気と吸気が混じって酸素濃度が低下した空気からも、生存に必要な量の酸素を体内に取り込んでいます。

 

血圧が高い:頭と心臓との距離が遠い

体の中の働きを正常に保つために、いつも血液を巡らせておく必要があります。それはもちろん頭にも。でも、キリンは頭部が心臓からかなり遠くにあります。遠いだけでなく重力に逆らって高くたかく上に・・・。

こちらも当たり前ですが、脳に血液がいかないと死にます。

キリンは首が長いために、首を立てた状態の頭部に血液を届けるためには、かなり強い圧力が必要になります。その圧力は心臓近くでおよそ 260/160 mmHg、キリンの心臓はヒトの2倍以上の圧力で血液を送り出しています。一方で、この高い血圧は通り道の血管に負担をかけますので、キリンの血管は高い圧力に耐えるしっかりとした動脈壁を備えています。さらに、このまま頭を下げてしまうと脳に血液が一気に流れ込んで死んでしまいますので、頭を下げた時に生じる頭部の急激な血圧変化を吸収できるように、脳と頚動脈の間には細かい血管が網状になった器官を備えています

 

 

いかがでしたか? 

こういうのを考えると、生物って面白いな〜と思います。

 

思考のストレッチ

目の前にあるものをただその見た目だけで「かわいい!」「模様が面白い!」で終わらせずに、「首が長いのはなぜ?」「それってどういうこと?」とその理由や内情を想像すること。知ろうと面白がること。大切ですね。

子どもたちの夏休みの研究にしてみるのもありです。

 

言葉の意味:「母子ともに元気です!」の捉え方

最近、言葉のすれ違い(正確に伝える難しさ)を感じているので、一つ。

視座の異なる人とでは、同じ言葉も全く異なる意味として発言され、また捉えられます。

見ている視点や環境、背景がどこにあるかで、同じ言葉でも発言者の「意図」も受け手の「解釈」も変わってくるということを身近なところで考えていきたいと思います。

 

f:id:saori324:20180806011712j:plain

母子ともに元気です!を考える

<産前(自分が妊娠する前)>

友人からくるメールで「母子ともに元気です!」と、出産後まもなくの(すっぴんだろうが何だろうが)神々しくも見える母子の写真が送られてくると、微笑ましい気持ちになりました。そのメール文は、言葉の通りそのままの意味合いで受け取っていました。

友人も赤ちゃんも元気にしているんだ!良かった。迷惑にならない範囲で、お祝いに会いに行こう。ハッピー!

 

<産後(第一子出産後)>

え?ええ?世の中の「母子ともに元気です!」って、ウソでない?

会陰は切れているし、トイレは痛くて怖いし、そもそも座れないし、眠れないし、歩くとフラフラするしヨチヨチだし。赤子は1時間毎に、うんちか、おしっこか、おっぱいかと泣いていて、これって母子ともに「元気」といえる状態なの?

少なくとも、産前の私の中の「元気」という単語の意味するところでは決してないんですが、これは産後女性の定型文として使うべきものなの??

という、なんだこれ状態。とりあえず「私は全然元気ではありません。」という状態だけど、みんなに心配をかけないために、赤子との写真を送るにはこの定型文をつけようかね・・・。建前かしら。

 

 

言葉の意味が産前・産後で変わった

一女性として個人の見解ですが、<産後>を経たことで、この言葉の受け取り方が変化しています。

産後を経験した今は「母子ともに元気です!」のメールを受け取った際には、その言葉をそのまま鵜呑みにはしなくなりました

解釈するなら「無事に産みました!怒涛の産後生活が始まります。」というところでしょうか。

 

しかし、この「母子ともに元気です!」を俯瞰してみると・・・

この言葉が定型文となって発せられる背景が見えてきます。

 

 

出産は「母子ともに」命がけの行為であった

私の妊娠出産の経験では2回中2回とも生死に関わる状況はなかったので、自分の産後において、その認識が抜け落ちていました。

 

ここでの視座の違いは、「産む側」と「産ませる側」

絶対的か相対的か。

サンプル数1の「私」と、例えば年間1000件の分娩を扱う「産科医」では、言葉の意味するところの「背景」が異なります。

産む側の前提として「出産は母子ともに健康で当たり前」

一方で医療従事者の立場では、「会陰が切れて、寝不足で、フラフラだけど」という私の産後も、分娩異常はなかったし、出血量もさほどでもないし、赤ちゃんも特に問題も見当たらず。「元気じゃない」という悪態(!)をつけるくらい「母子ともに元気」という産後でしょう。

もっと大変な人はごまんといる。(注:そもそも元気とか大変とかって、主観であって良いものだと思うんです。「痛みの大きさ」は科学的にも「心の状態」が作用するものと言われているし。なので、ここで言いたいことは、捉え方は違うということです。産科医の夫をもつ産婦が、辛い陣痛が長引いた時に夫に優しい言葉を期待したら「そのくらいなら全然軽い」とうっかり発言されて憤ったという話を聞いたことがあります。)

 

 

 

■妊産婦死亡率

統計を開始した1899年から2007年までの妊産婦死亡率ですが、1899年に10万人中409.8人(0.41%)の妊産婦死亡率が2007年には10万人中3.1人(0.003%)にまで減少しています。

 

■世界比較

日本の妊産婦死亡率も世界トップクラスの低さで、2007年が10万人中3.1人、2008年が3.5人、2009年が4.8人、2010年が4.1人、2011年が3.8人、2012年が4.0人、2013年が3.4人となっています。(2011年:メキシコでは10万人中50人)

 

ikuji-log.net

 

 

母子ともに元気です!は使わない

出産経験のない若い私は「母子ともに元気です!」を発した友人の真意を推し量ることができていませんでした。

第一子産後当時の私は、自分の産後の体の状態に衝撃を受け、「母子ともに元気です!」なんて大嘘だ〜!と嘆いたことで、この気持ちの理解に至ったのですが、同じ人間でも「経験」で受けとり方が変わることがあります。

さすれば「見ている先」が異なる相手では、余計に言葉の意図する背景を理解してもらうのは難しいものです。

第二子の産後では「母子ともに元気です!」という表現は使わないことにしました。

 

まとめ

同じ学部の同窓や職場では、そのコミュニティで当たり前とされる共通言語や発言様式がたくさんあります。同一環境に浸かっている年数によっては、あまりに一般的すぎて専門用語だという認識すらなくなっているものあるでしょう。またそんな相手には「ツーと言えばカー」で通じるものです。

しかし、生きてきた背景や置かれている状況がが異なれば「元気です!」という一般的な言葉ですら、正しく真意を伝えようと思うなら、より心を砕いたコミュニケーションが必要となる、という例でした。

私たち夫婦の日常の直球コミュニケーションも、よく喧嘩に見られていた(当人同士は全くその意識なくただの会話なのですが)というような…ですね。